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dongrikunの日記

どんぐり、鬱になる、、、そしてにゃん太郎出産日記(子宮線筋症の核手術を経て)  子宮線筋症の核手術、鬱を経て、まさかの妊娠発覚! 高齢出産となりますが無事ににゃん太郎は産まれてくれるのでしょうか? 子宮線筋症からの妊娠〜出産、または不妊治療の方も増えていると思います。 私は幸い不妊治療はせずに妊娠しましたが、高齢である事、核手術を受けていた事から、無事に出産できるかはまだ分かりません。 日々の状況を書き綴っていこうと思います。

緊急帝王切開、出産から約2.5ヶ月

子宮腺筋症と妊娠、出産

こんな拙い文章をいつも読んでくれている皆様、

長らく時間が空いてしまい、すみません、、、

 

今日は簡単なご報告だけ。

 

久々にブログを立ち上げたらアクセス数がすごいことになっていたので、

取り急ぎ、出産と本当に簡単なご報告をさせて頂きます、、、^o^;;;

ご心配をお掛けしてすみませんでしたー、、、m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

 

緊急帝王切開にて昨年末12月27日、16時27分、

出産しました。

 

帝王切開だったこと、出産のあとの3時間おきの痛みを堪えての搾乳、

入院中のストレスからの鬱傾向、お祝いへの対応、

友人、知人への報告、そして今後のことで考えることもたくさんあり、

とてもブログを更新できる状況にありませんでした。

気力もあまり上がってこなくて、ノートパソコンは蓋を閉じたままでした。

 

何から書いていけばいいのか、、、

トラウマがたくさん増えました💧

鬱傾向な日も多かったです。

 

心配していた子宮摘出はなく、想像以上に順調に出産を終えました。

 

27週6日での1,065gでの未熟児出産です。

女の子です。

 

赤ちゃんは今もNICUにいます。

 

先日、ようやく2,000gを超えました。

退院予定は今のところ、4月中旬以降の予定です。

 

手術の当日まで最悪な事態をいくつも言われていたので、

手術中もからだ中が緊張しっぱなし、そして恐怖で少しパニック気味でした。

 

ちなみにあとで書こうと思っていますが、同じ日に同じMFICUに入院していた

韓国人の方で、子宮腺筋症のTさんという方が私の手術の前に緊急帝王切開にて

出産していたことが退院の2日くらい前に分かり、少しお話しすることができました。

彼女は腺筋症の核手術はしていなかったので今回の私の入院の症状とは違いましたが、

同じく管理入院からの帝王切開での出産でした。

 

Tさん曰く、妊娠中、みんなは楽しく幸せを感じるというけど、

全然楽しくなかった、辛いだけだった、と言っていたし、

病院での助産師さんたちの言ってることが的を得ていないというか、

話がうまくかみ合わないことが多かったのも、彼女と話していて

あー、同じことを思っていたんだ、、、と、ようやく分かり合える人と出会えたことに

ちょっとホッとしました。

子宮腺筋症での出産の場合、通常の妊婦さんの状況とは違うことが多いのかな?

Tさんともっと早くに出会えていれば、入院中の不安や不満、愚痴なども共有できて、

気持ちが少し楽になれたのかも。

 

あまりにいろいろなことがあったので少しずつ書き出していこうと思います。

今日は一気には書けそうもありません、すみません。

 

そんな苦しく辛い入院生活の中、

手術中も手術が終わってからも先生が言っていたのは、

私の腺筋症の核手術の痕はとても綺麗で丁寧に処置してあったそうです。

癒着もなく、胎盤も綺麗に剥がれて、予想に反して順調に帝王切開術が終わったみたいでした。

部分麻酔だったの意識はあったので、手術中も簡単に説明を受けました。

子宮摘出はせずに手術を終えることができました。

あまりの綺麗な核手術の痕に先生たちがすこし驚いていたような印象でした。

手術中に子宮の写真を撮ってもいいですか?と聞かれたのでOKしました。

症例をまとめる為なのか、西田先生の手術に興味があったのかはわかりません。

 

それよりも、西田先生は本当にすごい先生だったんだなぁと今更ながらに思いました。

 

ネットでいろいろ調べたのですが、別の病院での症例を参考に予測を立てていたようで、きっとこの症例を参考に出産の予測を立てていたのかな、と思うものも探すことができました。

それで比べると私の場合はあの状況の中でもかなり順調に出産ができた方なのかもしれません。

手術の途中で麻酔が弱まった時は恐怖が最高潮でしたが、、、💧

 

赤ちゃんのことはまた別のブログを立ち上げるか、

このまま続きを書いていくか、検討中です。

 

・・・、こちらもいろいろありました。

 

私の人生のテーマなのかな?

 

ちなみに今回の入院費用、高額医療費等々で窓口で支払ったのは18万円くらい。

保険が入って少しプラスになりました。

 

今は時々安定剤を飲みながら、そしてダーリンに支えられながら、

生まれきた新しい命の為に搾乳した母乳を週に3回くらい、

病院へ届けています。

母乳はめちゃ、たくさん出ます💦

 

出産後、夜中に病院で搾乳している時に一回だけ大泣きしてしまいました。

そこまで追い詰められてしまった入院中のストレスやストレスの原因についてはまた書き出していくつもりです。

 

でも、出産後はあんなに苦しんだ不眠症はなくなり、よく眠れるようになりました。

不思議と夜になれば自然に眠くなり、朝、目覚める生活が戻り、

それだけは本当に良かったです。

 

搾乳で手も身体も疲れきっていますが、なんとか家事も頑張っています。

 

考えることもたくさんあります。

 

今日もこれからあと2回搾乳して寝る予定です。

それか、一回搾乳したらすぐに寝ちゃって朝早めに起きて頑張ろうかな?

 

搾乳終わって3時間くらいするとビリリリリリリーって痛くなって

母乳が出来上がったことをお知らせしてくれて💦、

それを無視してると痛みがちょくちょく訪れ、母乳が溢れてくるので、

今は搾乳に追われている毎日です、、、

 

 

MFICUへの引越し

子宮腺筋症と妊娠、出産

昨日のブログの更新の後、MFICUへお部屋が引越しとなりました。

昨日から個室です。

大騒動な妊娠生活となってしまい、ダーリンにはとても申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

ちなみにMFICUは治療のために移った部屋なので高額医療費の対象になります。

個室代を別に請求される事はありません。

 

ちなみに、出産を希望されている方は何かの時の為に医療保険

必ず入っていた方がいいです。

特に生理痛が酷い、生理中の出血が多いかも?と自覚症状のある方は

早めに医療保険に加入しておく事をお勧めします。

先進医療、女性疾患は必須です。

あとは家系での病歴も考慮して、必要な保険を選んだ方がいいです。

生理痛が酷くて普段からも血液検査で貧血ですと言われた方は

必ず原因があるので医療保険もそうですが、婦人科へも必ず行ってください。

必要によっては入っている医療保険の見直しも行った方が良いです。

 

私も医療保険のおかげで、今までかなり助かっています。

 

今回は高額医療の対象になるし、限度額申請も既に行っているので、

金銭面で大きな心配はありません。

場合によってはお釣りがくるかも?

にゃん太姫がNICUに入っても助成があるので日本での出産はかなり守られているんですね。

 

出産には健康だと思っている人でもリスクがあります。

ここでは切迫早産だけでもかなりの入院患者がいました。

「しっかり」と、そして「早め」に準備を進めるのがベストです。

「後で考える」では遅いかもしれません。

 

予算にプラスが出たら、にゃん太姫の為に使いたいです。

私が退院後はしばらく、タクシーを使っての通院となりそうなので、

交通費もかなりかかります。

にゃん太姫の生活環境を揃える為にも使いたいです。

 

一人部屋ってちょっと嫌だったのですが、

一晩経つと、やっぱり大部屋って気を使っていたんだなぁという事が分かりました。

 

自分のペースでプライベートをある程度守られて生活できる時間はやっぱり必要ですね。

ただ、行動レベルは変わりがなく、部屋から出る時は車椅子となります。

その為、外との接点がさらになくなりました💧

窓は大きくて外の景色は見えますが、マンションや日赤の社宅?っぽい建物、日赤のお庭くらいしか見えません。

でも、以前の部屋よりは外の景色が広く見えるので少し楽です。

 

シャワーは今のところは点滴針の交換の時は可能なので、一応、年末年始も挟むし、

細かく管理してリスクを少しでも減らしたいという病院側の意向でMFICUへ移動になったのだと思います。

 

私と同じような症状の方が、すべての病院で同じような状況が当てはまるかどうかは分かりません。

 

日赤医療センターでの私の状況を綴っているので、違ったケースもあり得るかもしれませんが、ご参考までに、、、

 

 

手術の日程が決まりました!

子宮腺筋症と妊娠、出産

先月22日に入院してから1ヶ月経ちました。

今日で妊娠26週と5日目です。

精神的にもかなり追い込まれてきていた状況の中で、

手術の日程が決まりました。

このまま予定日まで無事に過ごせれば、

来月初旬、30週のちょっと手前での予定帝王切開での出産となります。

その前に症状が進行した場合は緊急帝王切開となります。

詳細な日程は出産が無事に終わったら書いていこうと思います。

 

昨日から、自己血輸血が始まりました。

多分、手術までに合計で3回は自己血輸血をすることになりそうです。

他人の血より自分自身の血の方が感染症などのリスクが少ないということで、

事前に300ccずつ、輸血して溜めていきます。

その為に鉄剤もまた飲み始めることになりました。

 

300ccを輸血して、その分の血が戻るまでに約3日くらいかかるそうです。

個人差はもちろんあると思います。

私はそもそも腺筋症で貧血が酷かったこともあり、輸血自体が初めてだったのですが、

輸血用の針や管ってすごく太いんですね、、、

で、輸血が始まった途端に頭の奥がぼーっとしました。

昨日は輸血の影響か、お腹の張りも頻繁でした。

 

今日は落ち着いています。

 

数日前にお腹の痛みや張りが増えてきて、点滴の量も増えてしまい、

手の震えや動悸、息苦しさもありました。

順応はしてきましたが、寝苦しさは少し悪化したようで、

眠剤を使ってもあまり深くは眠れません。

 

寝つきも悪い状態です。

 

時々は眠くなるのですが、眠い=眠れる訳ではなく、

身体を自然じゃない状態にするというのは麻薬みたいなものですよね。

ドラッグはやったことはないですが、鬱の薬や今回の点滴でなんとなくそう思いました。

もちろん、ドラッグとかの症状とか常習性という面では全然違うものです。

 

手術の予定日は病因の部長会議で決まったそうです。

30週まではなんとかお腹の中で赤ちゃんを育てたいみたいですが、

30週を超えたらリスクよりも安全を優先しようという事みたいです。

 

腺筋症の術後患者で、しかも腺筋症が再発している状態での出産の症例は

ここでは初のようなので、今後、同じような方がここで出産をされる場合に

私の症例が役に立ってくれると良いです。

 

高齢出産や子宮のいろんなリスクを抱えた妊婦さんが増えている影響なのか、

少子化対策の影響もあるのか、そして小さい産婦人科が減ってきている影響もあるのか、、、

日赤では年々、妊婦さんの通院・入院が増えてきているようです。

普通分娩でも出産後は数日程度は入院となるので、

そういった方も含めて私がいる病棟だけでもなんと常時50名以上は入院しているようです!!

もう一つの病棟も含めてものすごい人数の妊婦さん、ママさんがいます。

 

1月には私もママになります。

私をお母さんにしてくれたダーリンには感謝しています。

赤ちゃんがおそらく2〜3ヶ月はNICUというかわいそうな事になってしまいますが、

今は無事に生まれてきてくれる事だけを考えたいです。

 

自分の母との事でさんざん悩んできたので、少しの心配はありますが、

ダーリンと3人で頑張っていきたいです。

 

この入院中に母や妹に思った事も書いていきたいのですが、

ようやく精神的に安定してきたところなので、マイナス要素はまた別の機会に

書き出したいと思います。

 

退去完了!真相が少し分かりました、、、

日常

私は入院中で対応ができなかったのですが、

ダーリンに旧居の退去の不動産管理会社との立会いをお願いしました。

引っ越しは終わっていたのですが、旧居の掃除は残っていたので契約期間最終日に鍵の受け渡しとさせてもらっていました。

最後に自分の思いの詰まった部屋を人任せにするのはとても悲しかったですが、

思い出の詰まった旧居からの退去はこれで全て終わりました。

 

ダーリンには立会いの時に奥のホラールームの事を聞いて欲しいとお願いしていました。

 

状況が少し分かりました。

 

どうやら奥の部屋の方はノイローゼらしく、騒ぎについては

不動産管理会社に匿名の連絡が入っていたそうです。

(管理会社の人は「多分、ノイローゼ」と言っていたみたいなので

実際のところは分かりません)

 

そして警察が来た事も練絡があったみたいで知っていたそうです。

 

家賃も11月分から滞納が始まったらしく、多分大騒ぎを始めた辺りから、

仕事も辞め、家賃も払っていない状況なのではないかと思います。

 

管理会社からは本人への連絡と連帯保証人への連絡は入れたそうです。

そういった状況もあり、少し静かになったみたい。

 

私の住んでいた部屋は101、奥の部屋は103、隣の102は新しい入居者が

入ったようです。

今のところ、苦情は入っていないみたいなので、一応、

今までみたいな騒ぎはまだ起こしていないかもしれません。

 

退去の立会いの日の玄関部分(共有スペースになるんだと思いますが)に

また傘が投げ捨てられていたようです。

今度は傘立てごと、、、

 

そして103の玄関の辺りに何か荷物が出ていたみたい。

 

今後の事はもう知る事はできませんが、

そこまでのノイローゼ状態になった人を放置していて大丈夫なのかな?

だって騒ぎ方が尋常じゃなかった💧

そもそも、本当にノイローゼなのかも疑わしいですが、、、

 

身内の方も面倒がみれない状況ってこと?

この時点だとまだ管理会社としては様子を見るしかないのかな?

 

事件とかにならないことを祈っています。

 

 

ところで、私の通信環境もようやく整いました。

 

しばらくポケットwifiを使う必要がなかったので、

特に契約をしていなかったのですが、

いつ退院になるか分からないこの状況でストレスが溜まる一方なので、

とりあえず、入院期間中だけでもと思い、レンタルで契約しました。

 

退院後はまた生活も変わると思うし、状況に応じての契約をしていくなら

レンタルの方が良いです。

 

ノートPCとiPadも持ってきてもらって、ネット環境が整ったので、

ブログも書きやすくなったし、閲覧もしやすくなりました!

 

病院の生活にも慣れてきたし、看護師さんも精一杯のことをしてくれていて

とても助かっています。

 

ただ、相変わらず、食器を下げてくれない方がいます。

天然なのか、わざとなのかは分かりません。

次に来た時に名前をきいてみようかな?

 

看護助手の方だと思います。

私の食器は看護師さん、助産師さんが下げてくれます。

 

早く退院したいです💧

 

追加情報(子宮腺筋症について)

今日の検診で先生から説明頂き、もう少し詳しい情報が分かりました。


私の場合の状況です。


まず、やっぱり年内の帝王切開の確率は高いみたいです。

できたら年はこのまま越したいみたいですが、それは叶わないかも?


同じような症例がここであったのかを確認したところ、子宮筋腫で似たような手術をした患者さんがいたそうですが、その方は30週で別の理由で予定帝王切開にて出産したそうです。


だから、正確にいうとここでは、この状況は私が初めてということみたいです。


私の場合ですが、子宮腺筋症の部分は筋層が硬く伸びにくい状況で、手術痕のところは薄いので伸びやすく、アンバランスな状態になっていて、腺筋症の伸びにくいところの影響で薄い部分が更に早く伸びてしまった可能性が高いようです。


そして、切迫早産の状況も結局は腺筋症とその手術痕のアンバランスから起こった可能性があるみたい。


壁の薄いところはもう測れないくらいの薄さになっているようで、破裂を起こすと出血が凄いらしく、私や赤ちゃんの命も危険になってくる可能性があるみたいで、その前に出してしまいたいが、28週辺りまでお腹の中で成長できるならその方が良いので、出来る限り安静にして経過観察したいとの事でした。


ただ、28週前に破裂、または破りそうな気配があれば帝王切開となります。


そんな状況なので、出産まで一時帰宅もできません。

まさに命がけの妊娠〜出産となってしまいました。


ここの病院では24週という壁が一つの目安みたいで、統計的に24週でかなり合併症のリスクが下がるので、まずは24週までこれたから、次は26週を目指したいと言っていました。


12月19日、26週と3日目にまたMRIの予定です。


12月30日で28週になります。


これから更にお腹が大きくなります。

無事に帰りたい。

不安がいっぱいです。



入院先での生活と子宮腺筋症での出産を目指している方へ

今回の入院、日赤医療センターにしましたが、確かにここだと私みたいな問題のある出産には良いのかもしれません。


ただ、今までの病院に比べて何か落ち着かないです。


すごく優秀な看護士さんもいます。

先行きが分からない私の不安を解消しようと力を貸してくれたり、私の要望を必要なところへ伝えてくれたり。


部屋から出るのに車椅子じゃないとダメなので自力でできるのは部屋の中でできる事だけなので、ほぼ全ての事をお願いしなくてはなりません。

自分でできる事を人にお願いするのはとても辛いです。



食事はベッドまで運んできてくれますが、

いつもドキドキなのが、食器をちゃんと下げてもらえるのか、という事です。

今までは自力でできない時は必ず下げに来てくれたし、動ける時は自分で所定のところに下げにいけたから何も問題を感じていませんでした。

ここの配膳をしてくれる人たち、何か覇気がないというか、やる気がない感じがします。


見た目には分からない私の状況もあり、産科という事もあり、しょうがないのかもしれないけど、私は食器を自分でカートに戻しに行くことは許可されていません。

カートが部屋の前にあるなら、それくらいはやってもいいけど、病室から少しだけ歩くナースステーション近くにあるので、自分で下げるのはできないのです。


昨夜、とうとう食器を下げてもらえませんでした。


「下膳、ありますかー?」って入り口付近で声をかけるだけ。

他の人と声が被ってしまったら、私のところには来てくれませんでした。

カーテンをしているので、見えないのもありますが、さっさと仕事を終わらせたい感満載です。


持って来てくれた時にありがとうございますと言っても無愛想。


私も愛嬌がないのかもしれないけど、、、


看護士さんが私の様子を見に来てくれた時に下げてくれました。


絶対安静なら、もう少しなんとかして欲しい。


赤ちゃんと子宮の様子をモニターしている時も私の存在、忘れ去られていて、ナースコールで慌てて来たり、、、

うーん、大丈夫かなぁ?


という訳で、これからは食事が終わったら食器を部屋の分かりやすいところに置いておこうと思います。

ここでストレスを溜めずに長期入院するには工夫していくしかない!



そして、今は点滴の針の刺し直し時のシャワーはOKがでました!

ただし、移動は必ず車椅子です。

歩きは禁止。

約3日に一度はシャワーを浴びることが出来るようになり、少しホッとしています。


手術の際の状況は気を配ってくれる看護士さんが説明してくれました。

「私で分かる事なら何でも聞いて」と力になってくれる看護士さんももちろんいて、それはものすごく助かっています。


ただ、仕事をそつなくこなしたい人も多いように感じます。


比べるのは申し訳ないのですが、広尾病院でそう感じたことはほとんどないのです。

一つ質問するといくつかの答えが返ってきたり、不安を何らかの形で解消してくれたり、本当に不安は少なかったです。

霞ヶ浦医療センターでも不安はほとんどなかった。



そして、今回、私の不安解消のほとんどはネットで得た情報。

それがだいたい、先生たちの会話から聞こえてくる話と一致しているので、ネットって便利だなぁと思いました。


なんか一つ一つの説明が不足しているようで、とはいえ、質問してもその事しか言ってくれないから、情報が小出しになる。

どのように質問したら全体像が見えてくるのかも分からず、、、


まぁ、かなりの情報をネットで拾いました(^◇^;)


相当、詳しくなったと思います。


24週以降から毎日、毎週、生存率や後遺症のリスクが格段と上がっていくこと。

28週を超えるとほとんどの内臓ができてきて後遺症のリスクをNICUで回避できる可能性があること。

30週くらいでほとんどの臓器が完成し、34週までいけば肺も完成すること。

37週までいければ更にベストであること。


もっと詳細な情報が分かりましたがざっくりとこんな感じ。


30週で帝王切開後も含めて約2ヶ月の入院、34週で約3ヶ月の入院、、、💧


まずは28週を目指して頑張ります。


出産経験のある方はそんなの知ってるよ、っていう内容かもしれませんが私にはようやく知り得た情報です。

だから先生たちが24週とか27週を超えたいと言っていたんだ、と後から分かりました。

 

24週も半ばを過ぎ、間もなく25週となります。

点滴してても時々、子宮の壁の薄いところが痛むようになってきました。

まだ大丈夫そうですが、これからにゃん太姫はますます成長してきます。

切迫早産だけならきっと予定日近く、37週辺りまで入院となったかも?

私の場合、子宮破裂の不安の方が大きいのでそこまではお腹の中で育てる事はできない可能性が高そうです。

早ければ年内とも言われています。


多分、私の場合はここではかなりのレアケースなのかも?

そんな中、先生たちも頑張ってくれてはいます。


ただ、入院となる前にもう少し情報は欲しかったから、霞ヶ浦医療センターには一度行っておくべきだったかも、、、


子宮腺筋症の核手術後の出産をされる方、18週目、20週目辺りでの経過観察はかなりしっかりやってもらった方がいいと思います。

MRI検査もその辺りで一度確認しておいた方がいいかも。

エコーでは分かりにくいです。

22週が流産と早産の分岐点だから、その前にMRIをしても流産となったら確かに意味がないですが、22週を超えられる可能性があるならその先に向けての手を早めにうっておいた方がいいと私は思いました。

そして18週を超えた辺りからは家事も頑張る必要はないです。

仕事はもっと早くにやめておいた方がいいと思います。

もちろん私は医者じゃないし、ケースバイケースだとは思いますが、9月の時点で子宮の壁が2mmのところがあった私は22週目から長期入院となりました。

入院の時点では皮一枚くらいの薄さになっていて緊急入院となりました。

子宮収縮を抑える飲み薬?があるのか分かりませんがそういったもので早めに管理していく事を病院側と相談してみるとか、パートナー、家族に理解・協力してもらい、なるべく安静に過ごすとか、本当に気を付けていかないと長期入院となる可能性があります。

気を付けていても長期入院になるとは思いますが、少しでも入院期間を短くする為に、できる限りの手はうっておいた方がいいと思います。



脅すわけじゃないけど、24時間の点滴長期入院はとても辛いです。

だんだんと刺す場所がなくなってきます。

点滴で右腕は最悪な状況になり、少しでも圧が掛かると血管が切れそうな痛みが走ります。

触っても痛い、腕をピーンと伸ばしても痛い、立った時に下に手を下ろしても痛い。

今は血圧測る時もものすごい圧がかかるので、命がけ、みたいな気分です。


昨夜はさっさと眠剤を飲み、早めに寝てしまったので夜中の様子は分かりませんでした。

3時くらいまでは爆睡できました。

その後はうとうと寝でしたが、ストレスもなく眠れました。



母と娘と苦悩の日々

ずっと忘れようとしてきた事が、今回の妊娠騒動でまた再加熱してしまいました。

なかなか書く気にならなかったのですが、先日、母にまた過去の件であたってしまいました。
別の要件があって連絡していたのですが、母の意味不明な対応にちょっとキレてしまい、また過去の話を持ち出してしまいました。

その結果、母は体調を崩したようです。


私は母のことで20年も悩み続け、涙を流し、気持ちの整理をしてきたのにたった2回、私の気持ちをぶつけただけで寝込むとか、、、
どれだけ自分勝手で残酷な人なんだろう、と思ってしまいました。

人に厳しく自分に優しい人です。

酷すぎる。

私には母と離れて生活していても自然と涙がでてきてしまう時期が20年以上もあります。

長文になります。


ダーリンと出逢うまで私は自分の存在を否定する事しかできなかった。
そんな私にとって、自分の存在価値を感じられる唯一のものが音楽だった。
好きで音楽をやっている人はたくさんいるかもしれないけど、私の場合は好きだからやっていたのではなく、自分の存在に価値を作るためだけにやってきた。
音楽が楽しめるようになったのは30代中旬頃からかもしれない。

4歳から音楽をやってきて、母は自分ができなかった事を私に託した。
音楽大学に行かせて、でも母は音楽の先生にでもなってくれればいいと思っていたらしい。

人は産まれると、いやもしかしたら産まれる前にはもう意思や人格が出来上がってくる。
母の引いたレールにうまく乗れるとは限らない。
母にとって私の意思は必要ないものであったように思う。

音楽を通して悩み苦しみ、出会いもあり、楽しさを感じるまでなんて長い道のりだったんだろう。

確かに私は高度な知識を身につけてもらったと思っている。
だけど、私なりにも努力もした。

私には妹と弟がいる。

で、母がやらせたバイオリンが一番長続きした私に音大へ、父の後継にしたかった弟はその方向へ導いていったようだった。

私はとても不器用で音楽以外の一般常識についてはあまり母は教えてくれず、母が満足する方向にばかり誘導されたような気がして、大人になってからたくさんの間違いを自分で経験しながら悩み、考え、正して学習してきたと思う。
だから、人との付き合いはとても下手で、生きにくい人生だったと思う。

割と有名な音楽大学には浪人せずに一発で合格。
人一倍不器用な私にしては上出来だったと思う。

高校生の頃、地元の個人コンクールでも賞をもらった事があった。

その時も学校の音楽の先生から、なぜお前が、、、みたいな言い方をされ、その先生からは音大へ受かった時も嘘だろ?みたいな言い方をされた。
他に可愛がっていた生徒は入選せず、お祝いムードにはならなかった。

私は愛されない子だったと思う。

誤解もされやすく、他の人ならOKな事も私は許されないとか、、、多分、可愛くない子なんだと思う。

理解されにくいとも思う。

だから、私を庇ってくれる男の人と一緒の時は少しだけ楽に生きることができて、うまくバランスもとれ、力を発揮していく事ができる。

それが付き合っている人かどうかは関係ないけど、付き合っている人がそうであると尚更、うまくいく。

そのせいもあり、男には苦労したような気がする。

音楽は3人きょうだいの中で自分を認めてもらう唯一の手段だった。

弟は愛嬌があり、誰からも好かれる子だったけど、私は妹との比較が耐えられず、ずっと何かと闘って生きているのに子供の頃から疲れてしまっていた。

だから正確に言うと20年というより、少なくとも30年は悩み続けたと思う。

私が無理してでも実家を出たかったのは自分の人格を解放したかったから。

それでもずっと時間がかかり、私は家族の話をあまりしなくなっていった。
今でもきょうだいの話は外ではあまりする事はない。

母は家事が嫌で家出をした事がある。

それから、父は家事をものすごく手伝うようになった。

そして母をよく褒める。

母はそんな父にたまに失礼な事を言いつつも、それで上機嫌になる。

私はそんな母を尊敬した事は一度もない。

私は子宮腺筋症と知らない頃から、それが原因だったと思われる様々な症状にも苦しんできた。

その為に人よりうまくいかない事もあったけど、母はそんな事は知る由もなく、知ろうともせず、家事をキチンと手伝えない時は烈火の如く怒鳴りつける。

自分の思い通りに私が動かなければそれでキレる。

今から思うとある意味精神的DVだったような気がする。
もしくはモラハラに近いような感覚。

母にはその自覚はなかったと思う。

以前にも書いたけど、家族で祖父のお見舞いに行った時についでに温泉旅館に前泊した時があった。
母の実家は石川県で日帰りでのお見舞いが出来なくはないけど、せっかくなので温泉旅館に前泊して次の日にお見舞いに行ってから帰ろうという事になった。
両親と妹夫婦と弟と私の6人で行く事になり、私はあまり気が進まない、というより嫌な予感がして生きたくなかったけど、祖父に会えるのもこれが最後になるかも、と思って行くことにした。

旅館での夕飯の時のこと、、、

中居さんが2~3人で対応してくれていた中で、母はご飯をよそらない私にまた怒鳴りつけた、、、

中居さんが慌ててこちらでやりますから、と言う。

涙を必死に我慢したが、精神状態はぼろぼろで、その日から、しばらくは誰とも話をしたくなくなった。


実は母も優しそうな顔をしているので、一見、悪いのは全て私になる。

人は見た目だと思う。

それ以上の事を敢えて知ろうとする人は少ない。

母は資格を取って一人で仕事をしているから、人を使う事もしらないし、会社内の摩擦なんてしらない。

なのに人生の先輩のような態度をとる。

見たくない事には全て蓋をして、楽な仕事なんてどこにもない、とか、分かり切ってる事しか言わない。

楽な仕事をしたいなんて考えたことないのに、一方的にそういう話をして、母てしての仕事をした気になってる。


私の人格や意思、悩みを無視して怒鳴りつけられた事は旅館でのこと以外にもたくさんある。

私がダメな人間なんだと思う。

でも、生きていかなければならないから、少しでもまともになろうと、自分なりに一生懸命考えて、何がダメだったんだろう、どうしたら良かったんだろうか、どんな人間になりたかったんだろう、とずっと考え続けてきた。
ついこの間まで、ずっとそうだった。

ダーリンのおかげで少し楽になったけど、私は母によく似てる。
数々の母との交流の中で、母のモラハラ的な部分をかなり受け継いだと思う。
それは今後も意識的になくすようにしていかないといけないと思っている。
じゃないと自分の子供に同じ思いをさせてしまう。
それだけは避けたい。

妹もそうだけど、言葉が汚い。

人の気持ちなんて考えられないと思う。
妹の旦那もそうだった。
二人は離婚した。
妹の旦那はDV男に凶変し、そんな中、妹は不倫、その結果の離婚だった。

私は結果しか知らなくて、途中のいろんな状況をしらないから、それだけで判断はできない。

そして、今回の入院に対しての妹からの応援メッセージを母から受け取ったけど、文章から、思考の幼さが伝わり、妹もまたある意味被害者だけど、自力でのコミニュケーションを学ばずにこの歳まできたのかと思うと残念に思った。
普通にお祝いと応援のメッセージだけなのに、なんて幼さが伝わってくるんだろうと思った。


父が仕事で成功している為、一見、とても裕福で幸せな家に産まれたと思っている人も多いと思う。
特にこの数年で出会った人たちはそう思っている人が多い。

でも、幸せってそういう事なのかな?

出産前の今、母に私の今までの思いを受け止めて欲しかった。

でも、結果的に母を傷付け、体調を崩させてしまった。

結局は子供がずっと悩みを抱え続け、我慢し続けて、良い子を演じ続けなくてはならないんだろうと思う。

母が体調を崩すことがないように、これからは全てを忘れて全てを許して、自分の為の人生を生きていかないといけない。
ダーリンと赤ちゃん、3人の家庭を守っていかないといけない。

子供が全てを受け止める、、、

理不尽だと思う。

でも、人生なんてそんなもの。

人は自分の経験値でしかものを判断することができない。
想像力が豊かで思慮深い人であればそれ以上の判断はできる事もあるとは思うけど、実際のところ、ほとんど人が経験値内でしか判断はできないと思う。

本や映画をたくさんみた人が思慮深い訳でもない。

頭の良し悪しでもない。

事実をしっかり知ろうとしない人には何も経験値以内でも分からないと思う。

大抵は上っ面の情報だけに躍らされて全てを知った気になる。

私も母から教わらなかった事をこれからまだまだ学習していかないといけない。

これからはダーリンや子供が私に教えてくれる事は多いと思う。
それをまた子供に伝えていければと思う。